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Color
- 2006/06/03(Sat) -
学校が終わって暇な俺は池袋のサンシャインのビルの中。
メンズはあるがどう見たって女物がメインでしかないこの建物になんか用なのか?
特にないけどなぜが足が伸びる。
変わってるんだろうな。
ただの癖かも知れない。
池袋駅から歩いて、ハンズの隣のエスカレーターから地下に降りて途中のトヨタの展示ビルに入る、少し時間を潰してからサンシャインへ行く。
あるときから癖になってる。
消えない癖。
やなもんだ。
自分に纏わりつくいやな時間。
それでもやめられない。
ただの気休めなのに。
一人になりたい時は決まって人ごみにまみれる。
その方が周りの世界と自分を隔絶できる。
周りの人間が空気くらいにしか感じられなくて。
そこら辺の石ころと変わんない。
学校にいるときもそうだけど、学校は知り合いがいるから急に人ごみに引き戻される。
息苦しい空間に。
でも、そういう時は友達に呼び止められても気がつかないでそのままスルーするのが常でいつも後で文句を言われる。
なんで気がつかなかっただけで文句言われるんだ?
理解できない。
俺はただ単に一人でいる時は知らない人間と知ってる人間を判別できないだけなんだ。
ただそれだけ。
手が揺れてる人間。
口がパクパクしてる人間。
顔の向きがこっち向いてるだけの人間。
そこから感じるのは並木道の木の表情が違うのと大して変わらない。
葉っぱの色が違うだけ。
幹の硬さが違うだけ。
生えてる向きが違うだけ。
確かにそこに意味はあるけど、その存在以上の意味はあるのか?
俺はそこからさきは何も感じられない。
存在以上の存在意義を見つけられない。
ただそれだけ。
それが人間にも適応されてるだけだ。
髪の色が違うだけ。
皮膚の色が違うだけ。
生まれが違うだけ。
そこに意味はあるのか?
つまんない人間がつまらない尺度で作った物差しはそんなにたいしたものなのか?
それは人間の欺瞞だろう。
人間が作り出したものをすばらしく見せようとするそれ。
存在意義を見出すためだけに作り出されたそれ。
偽りに向かってるそれ。
美しさを際立たせるためのそれ。
綺麗なものをみせるためのものが、それの反対にあるもの存在を強くする。
強い光の下では影ははっきりと存在する。
ただひとはそれを見つめないだけ。
いいものがよく見える。
色眼鏡で見るからそう見えるだけ。
ほんとのいろはそれじゃない。
でも、ホントの色は絶対見えない。
人というそのものの存在が色を持ってるからしかたがない。
その色がなければ人はただのモノに成り下がる。
人が人でなくなるそれだけのことだ。
その色を個性と呼んだりアイデンティティと言ったりする。
大元は神経から得られる刺激。
そこから先の神経回路と本能と理性と呼ばれる範疇のこと。
同じ刺激が違う回路でここまで変わるのも面白いと思う。
同じ物質構成のものが違う量だけ分泌される。
そのことだけで色ができる。
世界中の芸術家は妬くだろう。
絵を描くための色を出すために試行錯誤する彼ら彼女らがやってることを神経回路はそれ一つでやってのける。
生命を作った存在はよっぽどの気違いかよっぽどの天才だ。
それともそんなことに関心がないか。
奴の芸術はここにあるのに。
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